15-3. 細胞,組織,個体発生を操作する技術
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1) 細胞工学
細胞工学
細胞に手を加えて新たな細胞や細胞形態を作り出す技術
除核(脱核)や核移植、細胞融合などの基本技術が用いられる
細胞工学の輝かしい成果の一つは、抗体産生細胞と骨髄腫細胞を融合させた細胞からの単クローン抗体(モノクローナル抗体)産生
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2) 発生工学
発生工学、胚工学
脊椎動物の初期胚(受精卵から胞胚までの時期の胚)を操作して個体を誕生させる技術
キメラ動物作製はこの代表的な応用
キメラ胚の作製
集合キメラ
卵割途中の割球をいったんバラバラにしてから再度集合させる
注入キメラ
胞胚内部に遺伝的に異なる割球や未分化細胞を注入する
哺乳動物の場合、こうしてつくった胚を擬似妊娠させたメスの子宮に入れて仔を誕生させる
生まれた仔は身体全体の細胞構成が遺伝的に不均一なキメラ個体となる
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memo: キメラ
生物学では2対以上の親の遺伝子をもつ多細胞動物をキメラ(chimera)と定義する
いわゆる、体のある部分の細胞が本来の親以外のゲノムを持つものからなる個体
この定義からすると、臓器移植を受けた人間もキメラである
3) クローン動物
遺伝的に全く同一の動物個体は特定のクローンであり、古くはカエル(J.ガードン)などで作製された
初期胚クローン
高等動物で、核を除いた卵(未受精卵)に初期胚を移植してつくった個体
体細胞クローン
体細胞の核を移植して作った個体
マウスなどの場合、いずれも核移植細胞を擬似妊娠動物に入れて仔を誕生させることにより、核を採取した動物個体のクローン個体をつくることができる
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ただ、ヒトではクローン個体作製は安全上/健康上の問題や倫理的な問題、そして法的な問題(e.g. 母親の核を使ってクローン個体を産んだ場合、民法上は子を出産した母体は母であるが、生物学的には子が母を産んだことになる)等の観点から禁止されている
クローン人間の禁止
4) 組織工学と再生医療
胞胚の内部細胞塊の細胞は、取り出してフィーダー細胞上でES細胞(胚性幹細胞)として培養することができる
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幹細胞
分化細胞のもととなる未分化細胞で、ES細胞も培養条件により、肝臓、神経、心筋など多様な細胞(三胚葉すべてに属する細胞系列)に分化できる多能性幹細胞(一般には万能細胞)
組織工学
in vitroで分化細胞や組織を作る技術
失われた細胞や組織が幹細胞の分化・増殖を伴って補填される現象を再生というが、事故や病気で失われた組織を人為的な操作で復元させる医療を再生医療という
当初は再生用組織の材料として分化させたES細胞が考えられていたが、ES細胞には拒絶反応をはじめとする多くの問題があるため、現在では次に述べるiPS細胞を利用する研究が多くなっている
表15-2 ES細胞やiPS細胞を再生医療に用いる場合の問題点
ES細胞に特有な問題
卵の確保
倫理的問題(生命の萌芽をどう扱うか)
拒絶反応
双方が抱える問題
感染性因子の混入
分化細胞の純化
発がんの抑制
望む細胞・組織構築の可否
法律の整備
ゲノム初期化の機構が未解決
工学など、他分野の支援
未分化状態の安定維持
iPS細胞に特有な問題
ウイルスベクター使用の危険性(感染、がん化)
がん関連遺伝子使用の可否
材料細胞をどこから得るかの選択
低い初期化効率
5) iPS細胞
ES細胞をもとにした再生医療の最大の問題点である拒絶反応を完全に回避するためには、レシピエント(移植を受ける側)のふつうの細胞をもとに作製した多分化能をもつ細胞の開発が望まれる亜g、それに初めて成功したのが山中伸弥博士のグループ
作製の経緯とメカニズム
山中らはまずES細胞で発現し、体細胞で発現していない24種類の遺伝子に注目し、それらを体細胞に強制発現させることで線維芽細胞を多能性幹細胞に変換(初期化)できることを示したが、遺伝子を絞り込む実験を繰り返し、最終的に4種類の遺伝子: c-Myc、Oct3/4、Klf4、Sox2だけで初期化できることを見出した
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作製された細胞はiPS細胞(人工多能性幹細胞)とよばれる
4種類ので因子は山中因子といわれるが、これらの因子は転写調節因子で、未分化状態の維持と増殖に必要な遺伝子を活性化し、細胞を安定な多能性幹細胞状態に変化させると考えられる
未分化状態維持にはOct3/4が中心的な役割を果たすと推定され、c-Mycは細胞増殖維持に働くことが知られている
応用
iPS細胞はES細胞のように人為的操作によって希望する組織に誘導することができ、日本ではすでに加齢黄斑変性の臨床試験に患者本人から作製したiPS細胞が用いられている
レシピエントの細胞からiPS細胞をつくるのが理想的ではあるが、実際には相当な時間と費用を要する
そこで現在、他人の細胞からつくった多様なHLA(ヒト細胞の型を決める表面抗原)をもつiPS細胞をライブラリーあるいはストックとして用意し、必要に応じて利用可能な型のiPS細胞株を利用する取り組みがなされている
このようなことから、現在、ES細胞がまた見直されてきている
問題点
初期化に原がん遺伝子のc-Mycを使うことから、研究者はとりわけがん化の危険性に注意を払っているが、このための取り組みとして細胞増殖促進に働く遺伝子をあまり働かせないような工夫もなされている
iPS細胞化の効率を上げることや、利用目的に合った細胞種の選択も検討課題になっている
新たな取り組み
疾患の発症機構や薬剤効果の研究では、これまで疾患モデル動物や培養細胞、あるいは遺伝子を強制発現した細胞などが使われてきた
しかしいずれもヒトの疾患状態を正しく示す材料ではないため、研究進展の妨げになっていた
この問題を解決するため、近年、患者から作製した疾患iPS細胞を目的の組織に分化させたものを用いる研究が進んでいる
疾患iPS細胞を使うことにより、より精度の高い薬効評価や病態多様性の理解、そして疾患分類と治療法の再評価が実現するかもしれない